広島地方裁判所 昭和47年(行ク)14号 決定 1972年10月27日
申立人
広島県労働組合会議
右代表者
浜本万三
右代理人
外山佳昌外四名
被申立人
広島県公安委員会
右代表者
土肥米之
右指定代理人
片山邦宏外七名
申立人は、当庁昭和四七年(行ウ)第三三号広島県公安条例にもとづく条件付許可処分取消しの訴えを提起し、あわせて右処分の効力停止を求めたので、当裁判所は、被申立人の意見をきいたうえ、次のとおり決定する。
主文
申立人の昭和四七年一〇月七日付集団示威運動許可申請に対し、被申立人が同月二三日付でなした集団示威運動の実施時間「九時から一二時」を「一一時から一二時」に変更して許可した処分のうち、九時から一〇時までの実施時間を変更する部分の効力を停止する。
申立人のその余の申立を却下する。
申立費用は被申立人の負担とする。
理由
一、本件申立の趣旨および理由は別紙(一)記載のとおりであり、これに対する被申立人の意見は別紙(二)記載のとおりである。
二、本件疎明によれば次の事実が認められる。
申立人は、社会党、共産党、中立組合、沖繩返還要求広島県民連絡会、同広島県実行委員会、憲法改悪阻止広島県各会連絡会議、憲法擁護国民連合広島県本部、安保破棄要求貫徹広島県実行委員会、反安保広島県実行委員会の九団体とともに国際反戦平和広島県統一実行委員会を結成し、その一構成員として同統一実行委員会の決定に従い自衛隊記念日行事として行われる陸上自衛隊第一三師団による観閲行進、市中行通に対する抗議を目的として、昭和四七年一〇月二九日の午前九時より正午までの三時間、参加人員一〇〇〇人、広島市基町バレーコート西側広場を出発地点とし、県庁前から百米道路を経て広島市役所で流れ解散をする集団示威運動を行うべく、同年一〇月七日、集団示威運動、集団行進及び集会に関する広島県条例にもとづき、被申立人に対し許可を申請した。これに対し、被申立人は、同月二三日、右許可申請にかかる集団示威運動の実施時間午前九時から同一二時までを午前一一時から同一二時までに変更してこれを許可した。
右の事実によると、右実施時間変更(短縮)処分により申立人が回復困難な損害を避けるため緊急の必要があることは憲法の保障する表現の自由の一としての集団示威運動の本質に照らして明らかである。
三、被申立人は、前同日時、場所においては、自衛隊記念行事である観閲行進が予定されているところ、申立人の申請する右観閲行進に抗議する集団示威運動が行われると不測の事態が発生し、観衆等の生命、身体に危険が生ずるので、前記実施時間変更処分の効力停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすものであると主張する。
四、疎明によれば、自衛隊の観閲行進につき次の事実が認められる。
陸上自衛隊第一三師団長栗栖弘臣は昭和四七年一〇月六日付(広島西警察署交通課同年同月七日受付)の道路交通法七七条による許可申請書により、期間を昭和四七年一〇月二九日午前八時から同一一時までとし、場所を広島県庁前大通りを主軸として附近道路とし、目的を自衛隊記念観閲行進および市中行進として道路使用の許可を求め、同月七日付で広島西警察署長より、許可条件として「行進隊列は車道の左側端を進行すること、車輛の進行にあたつては各隊ごとに進行すること、観閲台は路外に設けること」を付して許可された。そして右許可のもとに自衛隊が行う市中行進の規模は、陸上自衛隊員一六八五人、海上自衛隊員一〇〇人、オートバイ七両、ジープ一〇四両、トラック五四両、特殊車両一八両、戦車一四両、火砲等七四両、合計二七一両、航空機六機であり、これらは同日広島県安芸郡海田町より市内行進をして同日午前一〇時三〇分までに県庁前大通りの真北の基町中央バレーコート場広場(申立人申請の集団示威運動出発地点と同一点)を始めとして付近の道路上に集結し、午前一〇時三〇分に右県庁前大通りを南に向つて音楽隊が右バレーコート場を発進するのを皮切りに徒歩部隊(一一〇〇人、指揮官車両等約七〇両)、車両部隊(約一三〇両)が続いて行進し、県庁前に設けられた観閲台の前を通過して紙屋町交差点に至るまでを観閲行進するものであり、最後の部隊が紙屋町交差点を通過するのは同日午前一〇時四八分の予定である。なお、紙屋町交差点を通過後、車両部隊はそのまま広島市役所方面に至る道路を南下して白神神社市役所前(以下は申立人らの集団示威運動の予定進路と同一)より国道二号線バイパスを左折して、また、徒歩部隊は紙屋町交点を左折し、県庁裏を通つて集結地点に戻り、そこより車両に分乗して、それぞれ第一三師団に帰る予定である。
なお、右第一三師団においては広島市内における観閲市中行進を昭和三九年より毎年一〇月末か一一月初旬に実施しており、昭和四〇年同四一年を除いてはいずれも実施場所は右県庁前大通りである。そして、同年右観閲市中行進が実施されると、県庁前大通りに観衆が多数集まり、毎年すくなくとも一―二万人はある。昭和四六年度においては観閲行進中の戦車の直前に飛出した男もあつた。
五、疎明によれば、本件現場付近の状況につき次の事実が認められる。
前記中央バレーコート横広場より紙屋町交差点までの県庁前大通りの長さは四二六メートルであり、幅員は二八、二メートル(車道のみ、以下同じ)あるが、その真中に三メートルの中央分離帯が設けられている。右県庁前大通りは紙屋町において幅員二八メートルの東西に走る道路と交差した後電車軌道のある道路となつて南下しているが、その幅員は二六メートルである。中央バレーコート横広場より、申立人らが集団示威運動の終点とする広島市役所の南端(同時に自衛隊車両が国道二号線バイパスに左折する点)までの距離は一六四〇メートルである。
六、申立人自から主張しているように、申立人らの集団示威運動の目的は、自衛隊は憲法違反の存在でありながら記念観閲行進をするのは不当であるから、これに抗議するものというのである。そこで、当日自衛隊が右行進を実施する午前一〇時三〇分から同一一時までの間につき申立人の集団示威運動の申請に対し許可が与えられるなら、申立人らは自衛隊の観閲行進に歩調を揃へ、同一場所を同一時間に行進することをねらうであろう。申立人ら集団示威運動の主催者はもとより、参加者が整然と行進することを企図していることを認めるにやぶさかではないけれども、前記の如く、自衛隊は観閲行進のみでも一一〇〇人の徒歩衛隊と車両二〇〇両を動員するのであり、申立人らの集団示威運動参加者も一〇〇〇人であるから、道路の幅員よりいつて、右の如く同一時刻同一場所の行進をする限り、双方に格別の意図がなくとも、混乱が生ずることは容易に察せられる。しかも、一方は自衛隊の勢威を示して世人の認識を広めることを目的として行進し、他方は自衛隊を憲法違反としてその行進に抗議することを目的として行進しているのであるから、何かの些細なことを契機として、群衆心理の結果衝突が起り得ることも十分考え得る。殊に数万の観衆の中には自衛隊を是認する者と反対する者が存在すると思われるので、自衛隊と申立人らが対立して行動することはこれらの者に刺戟と興奮を与えることになり、不意の衝突を招きかねない。そして、一旦混乱が生ずると、戦車その他重量のかさむ危険な車両がひしめいているのであるから、人身事故の発生は必然といえなくない。すなわち、本件変更処分により集団示威運動が許されないことになつた時間のうち、一〇時三〇分より一一時に至る間については、右変更処分の執行を停止するときは公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるということになる。
七申立人は自衛隊が憲法九条に違反する存在であり、広島県公安条例が憲法二一条に違反する点から、あるいはその手続の過程に不正な作為があつた点から自衛隊に与えた道路使用許可は違法のものであり、また自衛隊に対し観閲行進を無条件に許し申立人らの集団示威運動に条件を与えるのは憲法一四条に違反することなどを理由に、本件変更処分は執行を停止さるべきであると主張している。
しかし、かりに右主張が肯定さるべきものであつたとしても、本案訴訟において前記道路交通法七七条により自衛隊に与えられた道路使用許可が取消しの対象とされているわけでもなく、自衛隊の観閲行進は自衛隊自身において中止しない限り、裁判によつてこれを阻止することはできない。そして、自衛隊の右観閲行進が右所定の日所定の時刻に現実に行われる限り、申立人らの集団示威運動が申請のとおり実施されると混乱が生じ人身事故の虞があり、公共の福祉に重大な影響があることは否定できない。要するに、たとえ違法のものであつても自衛隊の観閲行進が実施される限り、これまで述べた結論に影響がないといわざるを得ない。
八、次に、本件変更処分により申立人らの集団示威運動が許されなくなつたその余の時間帯すなわち、午前九時より午前一〇時三〇分に至る間につき検討する。
自衛隊は午前一〇時三〇分より県庁前大通りで観閲行進を開始する予定にしているのであるから、午前一〇時頃より右バレーコート横広場で諸準備をする必要があるともいうことができ、自衛隊と集団示威運動の集結場所が同一であることからいつて、午前一〇時以降については、自衛隊と右示威運動の間に混乱の可能性があつて、前項と同じように、変更処分の執行停止をすると公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるといい得る。
しかしながら、午前九時より午前一〇時までの間については、本件全疎明資料を検討するも、本件変更処分の執行停止により公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞があるとの心証を採り難い。
九、そして、本件全疎明によるも右の部分の取消を求める本案について理由がないとはみえない。
一〇以上により本件変更処分の効力停止を求める申立は、主文の範囲で正当として認容し、その余の申立は失当として却下することとする。
よつて申立費用につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。
(竹村寿 高升五十雄 安次嶺真一)